大判例

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東京高等裁判所 昭和52年(う)1974号 判決

被告人 近藤秋三郎

〔抄 録〕

原判決は(一)「事故を起こした運転者等が、その精神的打撃から理性を失い、法の要求する行動を実行することができないことがしばしばあることは、裁判所に顕著な事実である点を考えると、当該運転者が法の要求する行動をとることができるにもかかわらず、自己の犯行の発覚をおそれるなどの理由から、故意に収容助力の手助けをしなかったとの特段の事情が認められない限り、救護義務違反とはならない。」としたうえ、(二)「本件被告人は、酒の酔い、事故を起したことによる精神的打撃などから理性を失い、法の要求する行動をとることができなかったものであり、かつ被告人には、前記特段の事情が存するものとも認められないので、救護義務違反の事実については犯罪の証明がないことに帰する。」旨判示し、右事実について有罪の言渡をしなかったけれども、原判決の右(一)の見解は、結局「事故に直面して周章狼狽した運転者は、特段の事情のない限り、被害者の救護について努力する必要がない」ということに帰し、道路交通法(以下「道交法」という)七二条一項前段の注意・目的を没却する不当・皮相な見解であって左袒することができず、また原判決の右(二)の認定についても、被告人が救急隊員に呼ばれて被害者の転倒位置に赴いていること、現場から救急車が発進したあと直ちに自車でその場から逃走していることに徴すれば、当時被告人に是非善悪の判断能力およびこれに従って行動する能力に欠けるものがあったとはとうてい認められず、被告人が救護義務に違反したことは明白であるというべきであるから、原判決には、道交法七二条一項前段の解釈・適用を誤った違法および事実誤認の違法があり、右各違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

よって、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて所論の当否につき検討するに、まず道交法七二条一項前段が交通事故を起こし、他人を負傷させた車両等の運転者等に対して要求する救護義務の内容は、当該事故が発生した日時、場所、負傷者の負傷の程度、道路の状況等を総合的に考察して具体的にこれを決すべきところ、永田益子の司法警察員に対する供述調書、司法警察員作成の実況見分調書(二通)および捜査報告書(昭和五二年六月一〇日付)、被告人の司法警察員(同年五月二日付)および検察官に対する各供述調書によれば、被告人は原判示第二の日時ころ同判示道路において、同判示の過失により自車左前部を被害者佐藤ちよ(当時六四年)に衝突させ同女を自車前部にひっかけた状態で約二二・五メートル走行してからやっと停車したこと、その際被害者は、被告人車の前方三ないし四メートルくらいの路上に、眼を開いたまま、顔面から血を流し、意識不明の状態で仰向けに倒れていたこと、本件現場は、国道一二三号線で、幅員約一一メートルの車道と幅員各約三・三メートルの歩道とがガードレールによって区分されており、その両側には小売店舗などが並んでいること、事故当時の車両の交通量は、毎分二〇ないし三〇台ぐらいであったことが認められ、右各事実に照らして考えると、本件車両の運転者は、車両を停車させたあと直ちに被害者の負傷の程度を確認し、電話をかけて(もし自らそれができないときは通行人などに協力を求めて)救急車の出勤を要請し、さらに救急車が到着するまでの間被害者が他の車両によって轢かれることなどがないように見守りながら待機し、救急車が到着した後も必要があるときは被害者の収容に手を貸すなどの救護行為に出ることが要求されると解すべきである。そこで次に被告人が法の要求する右のような救護行為をしたかどうかについて検討するに小林義勝、永田益子、橋本和芳の司法警察員に対する各供述調書、古市五郎の検察官に対する供述調書、被告人の司法警察員(昭和五二年五月二日付)および検察官に対する各供述調書、証人橋本和芳の当審公判廷における供述によれば、被告人は前記のように自車を停車させたあと数分してから車を降り、被害者のそばには寄らなかったものの、同女が車の三ないし四メートル先の路上に前記のような状態で倒れているのを見てから、救急車を呼ぶためすぐ近くの酒屋の店先にあった赤電話から一一九番に電話をかけたが、話し中であったので通報を諦め電話を切ってしまったこと、所轄消防署は、事故が発生してから三分ぐらい後の同日午後二時一三分ごろ谷田部なる者から電話で救急車出動の要請を受けたこと(したがって被告人が電話をかけた時間は二時一三分ごろか、それよりやや遅れたころであると認められる。)、被告人は電話を切ったあとは、再度一一九番に電話をかけたり、倒れている被害者のそばへ行って被害者が他の車に轢かれないように見守ったり、通行人に救急車を呼んでくれるよう頼むなどの措置をとることもせず、救急車が現場に到着した午後二時一八分ごろまでの間(電話を切ってから五分間ぐらい)漫然その付近でうろうろしていたこと、被告人は救急車が到着した後も自ら進んで被害者が倒れている場所に行って救急隊員に救護の協力方を申し入れるなどせず、救急隊員から「(轢いた)運転手はだれか。」と尋ねられてから、現場に集まった付近の人々の一人にうながされてようやく人々の後方から右隊員の前に出たが特段のことはしなかったこと、救急車が被害者を収容して現場から発進したあとすぐに自車を運転し自宅近くの神社境内まで逃走し、同境内に停めた車の中であれこれ思案したあと自宅に戻り、同居人らに事故を起こしてしまった旨知らせたことが明らかであり、右一連の被告人の行動に照らすと、被告人は前示各供述調書で供述するように救急車が到着するころから、自分が無免許、酒酔い運転をして大事故を起してしまったことが恐しくなり、その場から逃げ出そうという考えになって救護の協力をする等の目立つような行動を差し控えたものと認められ、以上の事実によれば、被告人が事故後三分ぐらいないしそれよりやや遅れたころ電話で一一九番を呼び出したことは、たとえそれが事故直後に寸刻を置かずかけたものではなく、しかもその電話は話し中のため通じなかったとはいえ自動車運転者に求められる救護行為の一つであると評価することができるが、被告人はその後被害者が本件事故によって救護を必要とする傷害を負っていることを認識しながら漫然と時を過し、ことさら救護行為に出ることを避け、集まった人々の陰に隠れて救急車が到着するまでの間被害者に対する救護行為を全く行なわなかったものと認めるのが相当であり、被告人が道交法七二条一項前段の規定に違反したことは明らかであるといわなければならない。原判決は、本件救護義務違反の公訴事実について有罪を言い渡さなかった理由として、被告人が本件当時酒の酔い、事故による精神的打撃により理性を失い、法の要求する行動をそのまま実行することができない状態にあったなどと説示するのであるが、確かに、前記古市五郎の検察官に対する供述調書や、被告人の司法警察員(昭和五二年五月二日付)および検察官に対する各供述調書によれば、被告人は本件事故の前日の夜清酒三合ぐらい、焼酎二合ぐらいを飲み、本件当日もさらにビール三合ぐらいを飲んで相当酔っていたこと、被告人は被害者が意識不明で倒れたことなどから事故直後はかなり狼狽していたことが認められるけれども、被告人は、前記のとおり事故により、被害者に重傷を負わせたことを認識して、自らの判断で一一九番に電話をかけ、一時的にせよ法の要求する適切な救護行為に出ており、その後も自宅に逃げ帰るまでの間特段異常な行動に出た形跡はなく、むしろ自然で矛盾のない行動をとっているのであって、被告人が本件事故後、その精神的打撃により法の要求する救護行為に出ることができないあるいはそれを期待できない精神状態となり責任能力を欠く状況になったとか、いわゆる期待可能性のない状態に陥ったとかとはとうてい認めることはできないから、原判決が本件救護義務違反を認定しなかった理由として説示する部分は失当であるといわなければならない。以上の次第であるから本件救護義務違反の公訴事実の証明は十分であり、右認定に反する被告人の原審および当審公判廷における各供述は、前記各証拠と対比して信用することができず、記録を調査し、当審における事実取調の結果を検討しても、右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。したがって本件救護義務違反の事実を認定しなかった原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認の違法を犯したものであって、破棄を免れない。

(小松 千葉 鈴木)

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